地球温暖化は、私たちの社会や経済に深刻な影響を与える喫緊の課題です。その対策として、世界中で導入が進んでいるのが「カーボンプライシング」です。
日本でもカーボンプライシング導入に向けた動きが加速しています。2023年5月に「GX推進法」が成立し、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減するという目標達成に向け、具体的な制度設計が進められています。
本稿では、カーボンプライシングについて、初心者の方にもわかりやすく解説します。図表や具体的なデータを用いながら、その内容、種類、メリット・デメリット、そして日本の導入状況や今後の展望まで詳しく見ていきましょう。
1. カーボンプライシングの概要
1.1. 地球温暖化問題の現状
地球温暖化は、大気中の温室効果ガス濃度の上昇によって地球の平均気温が上昇する現象です。主な温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化二窒素などがあり、中でもCO2は、人間活動による排出量が最も多く、地球温暖化への影響が最も大きいとされています。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、世界の平均気温は産業革命前と比べて約1.1℃上昇しており、早ければ2030年代初頭にも1.5℃上昇する可能性があるとされています。
地球温暖化の影響は、すでに世界各地で顕在化しており、私たちの生活や経済活動に深刻な被害をもたらしています。
- 海面上昇:過去100年で世界の平均海面水位は約16~21cm上昇。
- 異常気象の増加:熱波、干ばつ、洪水、山火事などの異常気象が頻発し、激甚化。
- 生態系への影響:サンゴ礁の白化、動植物の生息域の変化、絶滅危惧種の増加など。
1.2. カーボンプライシングの定義と目的
カーボンプライシングとは、CO2などの温室効果ガスの排出に価格をつけることで、排出削減を促す仕組みです。企業や家庭がCO2を排出する際に、その量に応じて費用を負担することで、排出量を削減するインセンティブが働くと考えられています。
カーボンプライシングの導入により、企業はCO2排出量を削減するための投資を積極的に行うようになり、技術革新や省エネルギー化が促進されます。また、消費者は環境負荷の低い製品やサービスを選択するようになり、ライフスタイルの変革が促されます。
カーボンプライシングの目的は、地球温暖化対策を推進し、脱炭素社会を実現することです。CO2排出量を削減することで、地球温暖化による被害を抑制し、持続可能な社会を構築することが期待されています。
1.3. 世界におけるカーボンプライシングの導入状況
世界銀行の調査によると、2023年5月現在、73の国と45の地域でカーボンプライシングが導入されており、世界の温室効果ガス排出量の約**23%**がカバーされています。
(出典: World Bank. (2023). State and Trends of Carbon Pricing 2023. )
2. カーボンプライシングの種類
カーボンプライシングには、大きく分けて「炭素税」と「排出量取引」の2つの種類があります。
2.1. 炭素税
炭素税は、CO2の排出量に応じて課税する制度です。税率は、CO2排出量1トンあたりで設定されます。
2.1.1. メリット
- 導入が容易:制度設計が比較的簡単で、導入しやすい。
- CO2排出削減効果:CO2排出量に応じて課税されるため、排出削減効果が高い。
- 税収確保:炭素税による税収は、地球温暖化対策などの財源に活用できる。
2.1.2. デメリット
- 企業の負担増加:炭素税導入により、企業の負担が増加する可能性がある。
- 国際競争力の低下:炭素税導入により、国内企業の国際競争力が低下する可能性がある。
- 逆進性:低所得者層ほど税負担が大きくなる可能性がある。
2.1.3. 各国の導入事例
- スウェーデン:1991年に世界で初めて炭素税を導入。税率はCO2排出量1トンあたり約137ドル。
- フィンランド:1990年に炭素税を導入。税率はCO2排出量1トンあたり約75ドル。
- カナダ:2019年から炭素税を導入。税率はCO2排出量1トンあたり約40カナダドル。
2.2. 排出量取引
排出量取引は、政府がCO2の排出量の上限を設定し、企業間で排出枠を売買できるようにする制度です。排出枠を保有している企業は、その範囲内でCO2を排出することができます。排出枠が不足している企業は、他の企業から排出枠を購入する必要があります。
2.2.1. メリット
- CO2排出削減効果:排出量の上限が設定されているため、CO2排出削減効果が高い。
- 柔軟性:企業は、排出枠を売買することで、柔軟にCO2排出量を調整できる。
- 経済効率性:排出枠の売買を通じて、CO2排出削減コストを最小限に抑えることができる。
2.2.2. デメリット
- 制度設計が複雑:制度設計が複雑で、導入・運用コストが高い。
- 価格変動リスク:排出枠の価格は、需要と供給によって変動するため、企業にとって価格変動リスクがある。
- 不正リスク:排出枠の売買に関連して、不正が行われるリスクがある。
2.2.3. 各国の導入事例
- 欧州連合排出量取引制度(EU ETS):2005年に開始された世界最大の排出量取引制度。
- 中国全国排出量取引制度:2021年に開始された、世界最大のCO2排出国である中国の排出量取引制度。
3. 日本のカーボンプライシング制度
3.1. 導入時期と制度の概要
日本政府は、2026年度からのカーボンプライシング導入を目指しており、GX推進法に基づき、炭素税と排出量取引を組み合わせた制度を導入する方針です。
- 炭素税:2028年度に導入予定。当面は、CO2排出量1トンあたり3,000円程度の税率で、石油・石炭・天然ガスに課税。
- 排出量取引:2026年度に導入予定。発電事業者を対象に、GX経済移行債による資金調達と排出量取引を組み合わせた制度。
3.2. GX経済移行債とは?
GX経済移行債は、政府が発行する債券で、カーボンプライシングによる収入を財源として償還されます。
この債券を通じて調達した資金は、GX推進法に基づく事業に充当されます。具体的には、
- 水素・アンモニアの製造・供給網構築
- 次世代原子力発電所の開発
- 産業部門の電化・燃料転換
- CO2回収・利用・貯留(CCUS)技術の開発
- 再生可能エネルギーの導入促進
などが挙げられます。
3.3. 企業への影響
カーボンプライシング導入は、企業の経営に大きな影響を与える可能性があります。
- コスト増加:炭素税や排出枠の購入により、企業のコストが増加する可能性があります。特に、CO2排出量の多い企業は、大きな影響を受ける可能性があります。
- 競争力:CO2排出削減努力を行わない企業は、競争力を失う可能性があります。逆に、CO2排出削減に積極的に取り組む企業は、競争力を強化できる可能性があります。
- イノベーション:CO2排出削減技術の開発など、イノベーションが促進される可能性があります。カーボンプライシング導入は、企業にとって、新たなビジネスチャンスとなる可能性もあります。
3.4. 家庭への影響
カーボンプライシング導入は、家庭にも影響を与える可能性があります。
- 電気料金・ガス料金の上昇:炭素税導入により、電気料金やガス料金が上昇する可能性があります。
- ガソリン価格の上昇:炭素税導入により、ガソリン価格が上昇する可能性があります。
- 省エネ意識の向上:カーボンプライシング導入により、家庭の省エネ意識が高まり、省エネ家電の普及やライフスタイルの変革が促進される可能性があります。
4. カーボンプライシング導入に向けた企業の対応
カーボンプライシング導入に備え、企業は以下のような対応を進める必要があります。
- CO2排出量の把握:自社のCO2排出量を正確に把握しましょう。
- 排出削減計画の策定:CO2排出削減目標を設定し、具体的な削減計画を策定しましょう。
- 省エネルギー化:設備の更新や運用改善など、省エネルギー化を進めましょう。
- 再生可能エネルギーの導入:太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入を検討しましょう。
- 新技術の導入:CO2排出削減に貢献する新技術の導入を検討しましょう。
- 従業員への意識啓蒙:従業員に対し、CO2排出削減の重要性を啓蒙しましょう。
- サプライチェーン全体での排出量削減:サプライヤーや顧客と連携し、サプライチェーン全体でのCO2排出量削減に取り組みましょう。
5. まとめ
カーボンプライシングは、地球温暖化対策を推進するための重要な政策です。日本でも導入が予定されており、企業や家庭は、その影響と対応について理解しておく必要があります。
カーボンプライシング導入は、CO2排出削減に向けた取り組みを加速させ、脱炭素社会の実現に貢献すると期待されています。
注記:本稿は、2024年5月時点の情報に基づいて作成されています。カーボンプライシング制度の内容は、今後変更される可能性がありますので、ご注意ください。